第6章 角と牙
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頭の上から生えている、尖っていて硬い組織
1. 有蹄類の角
その中で頭に角が生えているのは有蹄類だけだと言ってよい 犬歯や門歯が大きく伸びた牙のあるものはたくさんいる 蹄を持ち、走ることに特殊化した哺乳類
しかしシカ科もウシ科も、種類は多いので、角を持つ有蹄類の種の数はかなり多い 2. 角ができる仕組み――至近要因
ケラチン質というタンパク質でできており、皮膚が硬くなったもの 骨はなく、頭の上に乗っかっているだけ
年齢とともに大きくなる
生え変わりはしない
骨でできている
生まれたときからあり、生え変わることはない
皮膚で覆われており、先端には黒い房毛がある
骨でできている
年齢とともに伸びて大きくなる
角の外側の表面はケラチン質の硬い角質で覆われており、これが角を保護している
プロングホーンでは角の表面を覆っている枝状の角質部分だけが毎年生え変わるというところが、他のウシ科と違う かつて繁栄した偶蹄目の生物の名残の種と考えられる
骨でできているが、毎年生え変わる
シカ科の頭骨にはペディクルと呼ばれる骨の土台があり、成長とともに、そこから骨性の角が生えてくる 生え始めるときには、角は皮膚で覆われており、そこから骨に血液の供給があるので、骨は生きていて成長する
やがて皮膚からの血液の供給は途絶え、外側の皮膚は死に、しわくちゃになってとれる
硬い死んだ骨となった角がしばらくの間、頭についているが、やがてペディクルのところから脱落する
シカの角は、枝分かれしているのが普通だが、その複雑さは同じ角にだんだん付け加わっていくわけではない
毎年生え変わるたびに複雑なものができていく
完全な大人の角になったあとも、毎年、生え変わることに変わりはない
例えば、おとなのアカシカでは4月に前年の角が落ち、すぐに次の袋角が生えてくる 3, 4ヶ月ほどで完成
そのためには雄ジカはおよそ546グラムのカルシウムと、カルシウム以外のミネラルをおよそ1キログラム蓄積しなければならない
角形成の最終段階では、カルシウムの摂取量は、一日あたり5グラムにまで達する計算になる
繁殖期が始まる直前の8月ごろに完成し皮膚が剥がれ落ち、硬い骨の時期が繁殖期間中続き、繁殖終了後、翌年の4月に脱落するというサイクル
この過程は、1年を通しての性ホルモンのサイクルに支配されている 古い角の脱落後に、新しい角が生えてくるプロセスは、傷が治るプロセスと類似のもの
どの動物でも、角を作るには、それを支配している遺伝子がある
つまり、雌も遺伝子は持っており、テストステロンを投与すると角が生えてくる
アカシカなどの中には、集団の雄の中のおよそ0.3%ほどに、角が全く生えないおとなの雄が見られる
交配実験をすると、ハンメルの子どもは通常の角を生やすことができたので、遺伝子の欠損ではない
角がないことを除けば、体の大きさも生殖器の発達も他の雄と変わらないので、性ホルモンの分泌が原因でもない
ペディクルの発達に原因があるようだ
ハンメルのペディクルは小さく、痕跡のようでしかない
G・A・リンカーンらが、あるハンメルの痕跡のようなペディクルの一方の先端を傷つけてみたところ、傷が治ったあとに角が生え始めた このことから推測できるのは、ハンメルというのは、なんらかの理由で成長期に性ホルモンが十分に分泌されず、角の発生のもととなるペディクルの発達が不良となったことから生じるものだということ
傷を治すプロセスが引き金となって、角発生が促され、血中の性ホルモンの作用によって、通常の角の発達サイクルが取り戻されたのだろう
シカの角ができるメカニズム
角形成の遺伝子があること
成長期に性ホルモンによって角の土台となる骨のペディクルが十分成長すること
性ホルモンの作用によって角の生成と脱落が制御されていること
3. 角の果たす役割――究極要因
有蹄類の雄が角を使うのは、殆どの場合、雄間闘争のとき 多くの有蹄類の角は、雄だけにしかない
雌だけが角を持っていて、雄が角を持っていないという種類はまったくない
殆どの有蹄類は、繁殖期になると、雌への接近をめぐって雄同士が闘う
ほとんどは頭を低くして角で突き合い、押し合うというもの
アンテロープの類も、真っ直ぐなもの、螺旋状に巻いたもの、優美なカーブを描くものと色々な角を持っている ねじれ構造などで作られる表面のでこぼこは滑り止めの働きをしているようだ
もっとも複雑な形をした角を持っているのがシカ科で、角の形状や大きさと社会構造とを比較してみると面白いことがわかる 角の起きさ
体の一部なので、からだ全体が大きい種類ほど大きな角を生やす
繁殖期に闘争で勝った雄が獲得する雌グループの規模が大きい種類では、そうでない種類に比べて、からだの大きさと相対的に大きな角を持っている
角の複雑さ
その単独性、非社会性からシカの祖先型に近いと考えられる種類
雄はそれぞれが繁殖のためのなわばりを持つ
しかし、社会性で雄間に順位があり、順位をめぐっての闘争の頻度が高い種類では、角が枝分かれし、複雑な形になっている
雌も角を持っている種類の有蹄類
その雌たちも、繁殖期に雄をめぐって闘争するということは観察されていない
一つには自分たちを食べに来る捕食者から身を守るためではないかと考えられる
サイやウシの雌の角は、そのような役に立っている可能性がある しかし、キリン、アンテロープの角が捕食者に対して有効とは考えられない
シカ科では、トナカイだけが特別に捕食圧が高いせいだとはとても考えれない
もう一つは、食物をめぐる雌間の競争が激しいからではないかということ
雌にも立派な角のあるゲムスボックやトナカイなどでは、雌同士が大きなグループを作って一緒に棲んでおり、雌同士の餌をめぐる競争が激しく、まさに雌たちは、そのような闘いで角を使っている 特にトナカイは、子育ての季節に、雄も雌も含む大きな集団で暮らす
餌をめぐって雌同士だけでなく、雄を相手にも闘わねばならないので、角を持っていることは有利に働いていると考えられる
シカ狩りのハンターたちの間の言い伝えによると、ハンメルは角がない分だけからだが大きく、たいへんに強くてたくさんの雌を獲得するのだそうだ
もしこの言い伝えが本当だとすると、究極要因の説明と矛盾することになってしまう
ハンメルを計測して調べた研究によると、言い伝えは誤りで、ハンメルのからだが特に大きいということはなく、雄間の闘争で勝つこともなく、雌を獲得することは稀だということがわかった
アカシカの角の研究者であるリンカーンの考えによれば、言い伝えは角のない雄ジカに対するハンターたちの反感が原因ではないかということ
4. 角の発達要因
キリンの角
骨は生まれたときからある
出産の障害にならないように、生まれるときには角の骨は軟骨であり、うしろに倒れて頭骨に張り付いている
生まれた後に立ち上がって硬い骨性の角になり、成長とともに大きくなっていく
雌雄両方にあるが、テストステロンの影響により、性成熟に足した雄の角はより大きく、より重く、日本の角の付け根が癒合するようになる ウシの角
脱落はしない
子供の頃から生えていて徐々に成長する
テストステロンの影響によって雄の角のほうが大きく育つ
シカの角
生え変わりは性ホルモンの季節変化と密接に関連している
アカシカの雄
生まれてからすぐにペディクルが頭骨にできてくる
二年目に入ると小さな枝が一本だけの角が生えてくる
三年目はもう少し複雑になり、五年目ぐらいで完全な立派な角になる
年をとるとともに、若い時のような十分に大きくて複雑な角は生やさなくなるようだ
完全な角を生やすには、相当な量のカルシウムその他のミネラルを蓄積せねばならない
角はヘラ状で、その平らなへらの周りからいくつもの突起が出ている
彼らも毎年生え変わり、成長のたびに複雑になる
イギリスでは角の状態に応じて呼び名が変わる
Pricket(2) → Sorel(3) → Soar(4) → Buck(5~)
狩猟と肉食の文化を表しているのだろう
5. 角の系統進化
初期の頃の有蹄類はみな小型の動物
約5500万年前から3800万年前の始新世に、この2つの目の間で大きな適応放散が起こり、いろいろな地域で沢山の種類が生じたようだ 有蹄類の進化のはじめは、奇蹄目の方が優勢だった
適応放散が起こった頃の始新世の有蹄類には、どの種を見てもほとんど角と呼べるようなものはない
有蹄類の角は、彼らの進化のあとの方になって生じたもの
3800万年前から2600万年前の漸新世の有蹄類には、骨性の角を持ったものはまだないが、ケラチン質の角を持つものが出現した 中新世になって初めて、骨性の角を持ったものが現れる 一生ずっと生え変わらない骨質の角を頭上に二本と、先が二股に分かれた角を鼻の上に一本
頭のてっぺんに、一生ずっと生え変わらない骨性の角を一本持つ
その前方にさらに二本の角
その二本は、ペディクルの部分が非常に長く、先端に短い脱落性の角がのっかっていた
この種類には牙がない
700万年前から200万年前の鮮新世の有蹄類になると、今と同じように様々な角を持ったものが見られる 200万年前から始まる更新世には、有蹄類の体が巨大化すると同時に、とてつもなく大きな角を持った種類がいくつも現れた 180cmにも達する角を鼻の上にはやしていた
巨大な角を持ったキリンの仲間もいた
現在では、これらの巨大有蹄類はみな絶滅してしまった
進化的な流れを見ると、武器が牙から角に変わったものが後から出現してきたということ
現存している有蹄類においても、角のあるものがすべてではない
キバノロのように原始的なタイプに近いとされるものは、角ではなくて牙を持っている もっとも新しく出現したシカ科は、そのほぼすべてが脱落性の角を持っている代わりに、犬歯は小さくなったり、まったく失われてしまったりした
一部の有蹄類におけるこのような変化は、繁殖のチャンスをめぐる雄同士の闘争の仕方が変化したことによると考えられる
角がなく、その代わりに7センチメートルにもなる牙が生えている
彼らは夜行性、単独性で、それぞれの雄が自分のなわばりを持っている
なわばりに侵入した雄に牙できりつける
雄同士の出会いの頻度はそれほど高くなく、攻撃行動もそれほど長時間にわたるものではない
長いペディクルの先端に短い脱落性の角を持ち、なおかつ短い牙も持っている
彼らも単独制で雄がなわばりを持つが、雄同士の闘いは、ミズマメジカよりは複雑で時間も長くかかる
ミズマメジカと同様に、牙をつかって相手に斬りつけるような攻撃行動を見せるが、そのような攻撃を受けた方は、頭を下げ、角を使って牙を振り払う
シカ科の多く
大きな脱落性の角を発達させている
夜だけでなく昼間も行動し、雌が集団で暮らすので、闘いに勝った雄が、複数の雌を一挙に独占することが可能になる
勝つための闘いは激烈で頻度も高く、時間も長くなる
もはや角は牙の攻撃を振り払う役目だけではなく、積極的な攻撃の武器ともなったようだ
枝分かれの理由
剣であると同時に、盾の役割も果たさねばならない
生え変わりの理由
激しい闘いでは一部が折れたりすることもあるだろう
折れたままでは非常に不利なので、毎年生え変わることは、大量のカルシウムを蓄積せねばならないことを差し引いても、理にかなったことなのかもしれない
傷を治す仕組みと密接に関連している
原始的な角は脱落性ではなかった
闘争で角に傷がついたり折れたりしたときには、その傷を治すメカニズムがあったはず
そのようなメカニズムに変化が起こり、やがて毎年再生させる仕組みが進化したのだろう
6. 牙について
牙も性成熟とともに大きくなる
乳歯のときにはことさらに大きな牙にはなっていない
多くの哺乳類の牙は、歯根が生きていて、一生の間伸び続けるようだ
牙も角ほどではないが、雌にはなくて雄だけが持っている場合が多くある
性ホルモンが関係
牙の機能
捕食
捕食者に対抗するための武器
大型の捕食者に狙われることが多い
多くの哺乳類の牙は、上顎と下顎の両方の犬歯が伸びたもの
この場合、上顎の犬歯の方が、下顎のそれよりも大きいのが普通
しかし、イノシシやイボイノシシの牙は、下顎の犬歯が上に向かって伸びたもので、先端は後方に向かって曲がって巻いている 雄同士の闘いのとき、頭を下げて牙の先端を相手に向ける
カバも下顎の犬歯が非常に鋭く大きくなっており、これで噛み合う 下顎の犬歯は長く上方に突出し、武器となっている
彼らの上顎の犬歯は、上向きに突出して生えており、極端に長くて先が頭に触れるくらいのところで、下方に巻いている
攻撃の役には経たない
どうやら、相手の下顎の牙による攻撃をかわす、盾の役割を果たしているようだ
牙の系統進化
牙は歯が長くなったものなので、歯を作る遺伝子に変異が生じれば、大きな牙は簡単に出てくるはず
牙を持つ動物が様々な分類群に存在する
大きな牙の進化は、それが機能的に意味を持つ状況下で、何度も独立して進化してきたことがわかる